
1. はじめに:空飛ぶクルマが現実に
空飛ぶクルマ。かつてはSFの象徴だったこの乗り物が、いま現実の技術として社会に登場し始めています。
2025年の大阪・関西万博では、SkyDrive社が開発した「SD-05型」の実機展示が行われ、空の移動が身近な未来として提示されました。
この展示は単なる技術紹介にとどまらず、空飛ぶクルマが都市交通の一部として組み込まれる可能性を示す象徴的なイベントでもありました。
空を使った移動が、公共交通や都市計画の中でどのように位置づけられるのか。その議論が、いま始まろうとしています。
2. 技術の進化と特徴

空飛ぶクルマの主流は「eVTOL(Electric Vertical Take-Off and Landing)」と呼ばれる電動垂直離着陸機です。
この技術は、従来のヘリコプターに比べて構造がシンプルで、騒音が少なく、メンテナンス性にも優れています。
SkyDriveのSD-05型は、パイロット1名と乗客2名の3人乗りで、都市部でも離着陸可能なコンパクト設計。全長約11.5m、全幅約11.3m、高さ約3mというサイズは、ビルの屋上や駐車場など限られたスペースでも運用可能です。
航続距離は約40kmと短距離移動に特化しており、都市内や近郊の移動に適しています。
また、電動化によってCO₂排出を抑え、環境負荷の少ない移動手段としても注目されています。
将来的には、バッテリー技術の進化により、より長距離の移動や連続運航が可能になると期待されています。
3. 日本の代表企業:SkyDrive
SkyDriveは、トヨタ自動車の技術支援を受けて設立されたスタートアップ企業で、空飛ぶクルマの社会実装を目指す国内の先駆者です。
2020年には日本初の有人飛行に成功し、2025年の万博では「空飛ぶクルマステーション」にて実機展示と搭乗体験を提供しました。
このステーションは、将来的なバーティポート(離着陸場)のモデルケースとして設計されており、空飛ぶクルマが都市インフラに組み込まれる未来を具体的に示しています。
さらに、SkyDriveはUAE・ドバイで最大50機の受注を獲得し、観光事業への展開も進めています。
国内では、JR東日本やJR九州などの大手企業が出資しており、鉄道や空港との連携によるマルチモーダル交通の構築も視野に入れています。
空飛ぶクルマは単なる乗り物ではなく、都市と自然、人と人との距離を再定義する「空の社会インフラ」としての役割を担おうとしています。
4. 大阪ダイヤモンドルート構想:空の移動を都市に組み込む
SkyDriveとOsaka Metroは2024年に業務提携を結び、「大阪ダイヤモンドルート構想」を発表しました。
この構想では、大阪市内の主要エリアである「新大阪・梅田」「森之宮」「天王寺・阿倍野」「ベイエリア」の4地点を空飛ぶクルマで結ぶルートを設定。
これらのエリアは、観光地や交通の要所であり、空からの景観も楽しめる場所として選定されています。
まずは2028年を目途に森之宮エリアでのサービス開始を目指し、2030年以降に向けて段階的に運航エリアを拡大する計画です。
Osaka Metroは社長直下に「空飛ぶクルマ推進室」を設置し、離着陸場の候補地や利用ニーズの調査を進めています。
この構想は、空の移動を都市交通の一部として組み込む初の本格的な試みであり、都市型MaaS(Mobility as a Service)の進化形とも言える取り組みです。
5. 海外の主要メーカーと動向
空飛ぶクルマの開発は、世界中のスタートアップや航空機メーカーによって加速しています。
Joby Aviation(米国)は、NASAと連携して開発を進めるeVTOL機で、静音性と長距離飛行性能に優れています。FAA(米連邦航空局)による型式認証取得に向けて試験を重ねており、2027年の商業運航開始を目指しています。
Archer Aviation(米国)は、都市間移動を想定したeVTOLを開発中で、製造体制の整備や運航ルールの策定を進めています。ユナイテッド航空との提携も話題となり、空港と都市中心部を結ぶ新たな交通手段として注目されています。
Volocopter(ドイツ)は、都市内移動に特化した「VoloCity」を開発していましたが、2024年末に資金難で会社更生法を申請。再建中ながら、EASA(欧州航空安全機関)による型式証明審査は75%完了しており、復活の可能性も残されています。
Lilium(ドイツ)は、ジェット推進型の「Lilium Jet」を開発していましたが、資金調達の失敗により破綻。現在は子会社の再建を通じて開発継続を模索しています。
これらの事例は、空飛ぶクルマが技術的には実現可能である一方、商業化には資金力・制度整備・市場形成が不可欠であることを示しています。
6. 空飛ぶクルマがもたらす新しい移動体験

空飛ぶクルマが普及すれば、都市の渋滞を回避し、通勤や観光のスタイルが大きく変わるでしょう。
従来の地上交通では到達が難しかった場所へのアクセスが可能になり、地方創生や観光振興にも貢献する可能性があります。
また、災害時の緊急輸送や医療支援など、社会的インフラとしての活用も期待されています。
空飛ぶクルマは、単なる移動手段ではなく、都市の構造や人々の生活圏を再定義する存在になり得ます。
移動の自由度が高まることで、働き方や居住地の選択肢が広がり、生活の質の向上にもつながるでしょう。
7. 法制度とインフラ整備
空飛ぶクルマの社会実装には、技術だけでなく制度面の整備が不可欠です。
日本では国土交通省が空飛ぶクルマの定義や運航ルールを整備中で、専用の離着陸場「バーティポート」の設置も進められています。
空域管理や交通管制の仕組みも新たに構築する必要があり、官民連携による制度設計が急務です。
また、都市部での運用を想定したインフラ整備には、既存の交通機関との連携や、騒音・安全性への配慮も求められます。
空飛ぶクルマが都市に溶け込むためには、技術だけでなく、社会的受容性と持続可能な運用モデルが不可欠です。
8. 未来展望:2030年以降の空の移動
空飛ぶクルマは、2030年以降に本格的な社会実装が始まると予測されています。
現在は実証実験や限定的な商業運航が中心ですが、技術の成熟と制度の整備が進めば、都市部や観光地、さらには地方の交通インフラとして広く活用される可能性があります。
特に注目されているのが、自動運転技術との融合です。
操縦士の資格が不要な自律飛行型の空飛ぶクルマが登場すれば、利用のハードルが大きく下がり、一般市民が日常的に空を移動する時代が現実味を帯びてきます。
AIによる飛行ルートの最適化、障害物回避、天候判断などが可能になれば、安全性と効率性の両立も期待できます。
また、空飛ぶクルマは都市設計にも影響を与える存在です。
地上の道路や鉄道に依存しない移動手段が普及すれば、都市の構造そのものが再編される可能性があります。
例えば、郊外や山間部へのアクセスが容易になれば、人口の分散や地方活性化にもつながるでしょう。
さらに、空飛ぶクルマは国際的な移動にも応用される可能性があります。
短距離国際線や国境を越えた観光ルートなど、従来の航空機では対応しづらかったニーズに応える新たな手段として注目されています。
2030年代は、空飛ぶクルマが「未来の乗り物」から「社会の一部」へと変化する転換期になるかもしれません。
その実現には、技術・制度・社会受容の三位一体の進化が不可欠ですが、今まさにその準備が世界中で進められています。
9. まとめ:夢と現実の間で空飛ぶクルマを見つめる

空飛ぶクルマは、未来の移動手段として大きな可能性を秘めています。
都市の渋滞を回避し、移動時間を短縮し、災害時の支援や医療輸送にも活用できる。その利便性は、私たちの生活や都市構造に革新をもたらすかもしれません。
さらに、環境負荷の少ない電動化技術や、自動運転との融合による操作性の向上など、技術的な進化は目覚ましいものがあります。
しかし、空飛ぶクルマが社会に定着するには、乗り越えるべき課題も少なくありません。
まず、安全性の確保。空を飛ぶという特性上、地上交通よりも事故のリスクは高く、万が一の事態に備えた冗長設計や緊急対応体制が不可欠です。
次に、法制度とインフラ。空域管理、離着陸場の整備、騒音対策、プライバシー保護など、都市空間に新たな交通手段を組み込むには、既存の枠組みを大きく見直す必要があります。
さらに、経済的な持続性も重要です。空飛ぶクルマは現時点では高価であり、誰もが気軽に利用できる乗り物ではありません。
一部の富裕層や観光用途に限定される可能性もあり、社会全体に恩恵をもたらすには、価格の低下と運用モデルの工夫が求められます。
そして何より、私たち自身の意識も問われます。
新しい技術をただ受け入れるのではなく、それが本当に必要なのか、どのように使うべきなのかを考える姿勢が求められます。
空飛ぶクルマは、便利さだけでなく、都市のあり方、人と人との距離感、そして「移動」という行為そのものを再定義する可能性を持っています。 夢だけでなく、現実にも目を向けること。
その両方を見据えながら、空飛ぶクルマが私たちの社会にどう根付いていくのかを、冷静に、そして前向きに見つめていくことが、未来をつくる第一歩になるのではないでしょうか。